- ビーバー教授の留学道場 -

第43回<ワーキングホリデー>「30歳になる前に自分を変えたい!」 〜10代の頃からの夢を叶えにオーストラリアワーホリへ〜

オーストラリアでワーキングホリデーを体験した本田さん

本田小百合(ほんださゆり)さん

ワーホリの年齢制限30歳。年齢だけでなく、結婚、出産などライフステージが上がるにつれ、留学を決断する難易度は上がると言われている。今回は「いつか海外で暮らしてみたい!」という憧れを26歳で形にした本田小百合(ほんださゆり)さんに話を伺った。

「ワーホリに行くと決めたら、周りに伝える」。出発前の情報収集方法。

ゴールドコーストのビーチ

―オーストラリアでは、どのようなワーホリ生活を?

はい。最初はオーストラリアのブリスベンで、語学学校に2ヶ月通い、その後に、ゴールドコーストへ移り「ハウスクリーニング」や「日本食レストラン」などで働きました。

―「ワーホリに行こう!」と思われたきっかけはどのようなものでしたか?

やはり大きかったのは年齢の事でした。渡豪した時期が、ちょうど27歳になる年の2015年の11月だったのですが、「(ワーホリ申し込み制限の)30歳になる前に、海外に行って自分を変えたい」というものがありましたので。
留学は30歳を超えても行けるのですが、ワーホリのように「学校に通ったり、仕事ができる自由度の高いビザ」を使えるチャンスはなくなってしまうので。
元々、10代の頃に「海外の大学に行ってみたい」という夢があったのですが、費用の問題で実現する事は難しくて。当時はワーホリの制度の事も知らなかったので、泣く泣く諦めてしまったんです。でも、社会に出てワーホリの事を知り、とにかく「海外で暮らしてみたい!」という夢を叶えたいと思い決断しました。

―費用の事や英語力の事など含め簡単な決断ではなかったと思います。

確かに安い買い物ではなかったです。私の場合、用意したお金が仕事で貯めた100万円でした。他のワーホリの人より少し多めの費用だと思うのですが、英語力の事も不安でしたし、少し値段が高くてよい学校に行きたかったので。
この100万円は、日本での英語学習、そしてオーストラリアに行く前の1ヶ月間のフィリピン留学の費用も含めた金額です。

―渡豪前にフィリピン留学もされていたのですね。またワーホリ先の国をオーストラリアにされたのも何か決め手はありましたか?
行き先の国をオーストラリアに決めたのは、友人に薦めてもらったのがきっかけでした。「海の近くの暖かい所で過ごしてみたい」とい思っていたので、オーストラリアを選びました。
やはり、オーストラリアはワーホリ先の国としても人気ですので、私が普段の生活で「オーストラリアに行きたい」というと、「私も行っていたよ」、「親戚が行ってたよ」という人が多くいたんです。そのおかげでかなり多くの出会いがあり、行く前から結構情報を集める事ができたので安心する事ができて、とても心強かったです。
留学プラン自体はエージェントのカウンセラーさんと相談して決めました。あまり英語に自信がなかったので、まずは授業時間が長く英語漬けになれるフィリピンで英語力をつけようという事になり、フィリピン経由でオーストラリア入りという流れです。

―他の国は検討されませんでしたか?

実は、オーストラリアに決める前は、アイルランドに惹かれてました。それも結構本気で。すごくヨーロッパへの憧れがありましたので。アイルランドの事を調べていて、アイルランド人が音楽好きである事や童話などを愛する国民性がある事などがわかり「あっ、アイルランドって、私に合うかも!」と思っていたんですよ。
ただ、やはり気候の問題がありまして。私、寒いのが苦手なので。私が出発した時期の日本は冬だったのですが、オーストラリアは季節が逆なので夏でしたし、やはり温暖な所で過ごしたかったです。

フィリピンとオーストラリアの違い!小百合さんが、語学学校での思わぬ苦戦を乗り越えた秘訣とは?

留学先のクラスメイトと

―語学学校はいかがでしたか?フィリピン留学をしていたのであればスタートダッシュできそうなのですが。
語学学校は最初すごく苦労しました。というのも、「クラスメイトとの英語での会話」に苦戦してしまいまして。クラスメイトのしゃべっている英語が全然聞き取れなかったんですよ。
私自身、当初は「中学の文法を思い出したくらいの英語力で、少しライティングが得意」くらいの英語力だったのですが、事前にフィリピン留学をしていた事もあり、ライティングはさらに得意になれました。ですので、語学学校のクラスは、自分の実力よりも少し上の真ん中のクラス(Intermediate)に入れてもらえたんですね。ただ、フィリピンの時とは大きく違う事がありまして。

―と言うと?

クラスメイトの国籍です。フィリピンの学校ですと、日本人の他に、韓国人、台湾人など東アジアの人が多いのですが、オーストラリアの学校ですと、ヨーロッパや中南米人の生徒が多くて。
彼らの話す英語は、イタリア語やスペイン語など出身地の訛(なま)りがあり、何を言っているか全然わからなかったんです。英語に自分の国の訛りや癖(くせ)が混ざっているんですよ。
先生の言っている事はわかるので、授業はなんとかついていけたのですが、「じゃ、隣の人と会話してみましょう!」となると、クラスメイトの言ってる事がわからないですし、その状況に緊張し萎縮してしまったんです。典型的な「言葉数の足りない日本人」みたいな感じになってしまっていました。

―すごく大変そうですけど、そんな状況の中、学校でやっていけたのですか?

はい、なんとか。同じ時期に入ったエクアドル人の女の子がいたんですけど、この子と仲良くなれたのが大きかったです。この子の英語はゆっくりで、個人的にもすごく波長があったんです。
それで、よく一緒にランチを食べるようになったのですが、その子が友達を連れてきたりしてくれて、他の子とも一緒に食べたりできました。こうして初期の頃は乗り切り、徐々に学校にも慣れていけました。
学校に通っていて、やはり、国籍が違っても「波長が合う」のが大事だと感じました。自分とは大きく違う感じの子とはあまり仲良くなれなかったのですが、自分と似た感じの子とは波長が合いまして。「波長が合う子は国籍を超える!」と勝手に感じてました。

―海外の学校でも、そういう所は日本と似ているのですね。ワーホリ前にフィリピンに行かれた事自体は何か役立ったと感じましたか?

フィリピン留学自体が、よいか悪いかはわからないのですが、私自身、フィリピンで一番大きかったのは「英語を自然としゃべっている自分」になれた事でした。
今まで外国人の友達がいなかったのですが、フィリピン時代には「自然と外国人と英語でしゃべっている自分」がいました。「あ〜、こんな自分、3,4ヶ月前じゃ考えられないなぁ」と、その時にはすごく感じました。
また、オーストラリアの学校でも、日本から全く英語ができないで行くよりは上のクラスに入れましたので、そういう意味でもある程度の効果はあったと思います。

ホームパーティーがすごく好きでした!

ゴールドコーストのベーカリーでアルバイト

―ワーホリ中はどのような事が一番楽しかったですか?

私は「ホームパーティー」がすごく好きでした。オーストラリアにいる間に4つの家に住んだのですが、どこも素敵な家で、とても楽しかったです。

―ホームパーティーはどのようなものでしたか?

色々とあったのですが、最初のホームステイ先では、「クリスマスパーティー」がありました。これがすごくよくて。
ステイ先がオーストラリア人夫婦の家だったんですけど、おじいちゃんやおばあちゃんも来ていて。1ヶ月しかホームステイをしない私にも、ラッピング付きで本やハンドクリームなどクリスマスプレゼントをくれたんですよ。国籍が違っても家族になれた感じがして、それがすごくうれしかったんですよ。

―クリスマスシーズンに海外に行くとそんないい事もあるのですね。他にもどのようなパーティーがありましたか?

他だと、例えば韓国人ファミリーの家に住んだのですが、そこは韓国人の家族の他に、私(日本人)と台湾人の女の子で住んでいたんですね。
東アジアな環境だったので「コリアンデー」「タイワニーズデー」「ジャパニーズデー」のような感じで、交代でパーティーをして、私はみんなに「カレーうどん」を振る舞ったりなどして、毎日が小さなイベントのようですごく充実していました。
あと、最後に住んだ家はゴールドコーストで、日本人の奥さんと子どもがいるオーストラリア人のおじさんの家でした。私は、ここでのホームパーティーが一番楽しかったです。
そこでは、「今日、○○食べるから一緒に食べる?」のような感じで、頻繁に色んな人が集まるんです。私はブリスベンから移ってきたばかりで、あまり友達がいなかったのですが、もう1人一緒に住んでいた女の子が学生でしたので、友達を連れてきてくれたんですよ。そのおかげですごく楽しく過ごせました。

―パーティーを事前に企画するというよりも「○○を食べるから集まろうよ」のように突発的に起こるものなのですね。オーストラリアではこういう事がよくあるのですか?

はい。オーストラリアは外食が高いので、家で食べる事が多かったんですよ。なので、自然と人が集まってパーティーになる事が多くて。
あと、ゴールドコーストはリゾートなので、海がすごくキレイで、休みの日にはずっと海を眺めているのも楽しかったですよ。

「考え方」が変わり、「視野」を広げてくれたオーストラリア生活。

留学先のクラスメイトとコスプレ

―帰国してみて、自分の中で変化は感じますか?

オーストラリアに行く前と今の自分ですと「視野」が変わったと思います。まだ帰ってきて日が浅いので、答えを探している段階でもあるのですが、やはり日本にいても、外国人に対する考え方が変わりました。

―どのように変わりましたか?

行く前の自分は、外国人と言っても「単なる日本以外の国の人」という感じだったんですけど、今は距離感が変わり、感じた方も変わりました。
特にフィリピンやオーストラリアでは、韓国人や台湾人と接する事も多く、また海外にいると見た目も似ているので、仲間意識のような物が生まれてきました。「同じアジア人じゃん!」という感じで。
オーストラリアでは色々と大変な事もありましたので、同じアジア人としゃべっていて安心した事もあり、それが私の中でこのような変化を起こしてくれたのだと思います。

―オーストラリアに行ってよかったと思いますか?

はい。もちろん、初めての海外での生活は楽ではありませんでしたし、また、体調面の事などもあり、予定をより少し早めに帰る事になるなどの悔しさはありました。
ですが、海外で働く事や、自然と英語でしゃべれるようになれた事、そして、今まで単なる外国人だと思っていた人との距離感が縮まった事など、短期間で得る事はすごく大きかったです。
今までとは違ったものに触れる事で自分が変われた事を考えると、本当に決断してよかったと思います。

―現地に行ったからこそ「新しい自分」に出会えたのですね。最後に今後はどのような事をしていきたいかを教えてください。

今後は「海外の人をサポート」をしていきたいと思っています。英語圏の人もそうですし、アジア圏の人にも特に。私もオーストラリアでは外国人として、色んな方にすごくお世話になったので。
観光案内のような本格的なものでもいいですし、ちょっとした生活のサポート、ホームステイの受け入れなど、仕事やプライベートに関わらずどんどん行っていきたいです!

Dr.ビーバーの解説
“「新しい出会い」が「新しい自分」をくれる”

小百合さんのストーリーは、どの話にも必ず、多くの登場人物がおったな。
“ワーホリ”や”語学留学”などの留学形態や”英語習得”、”海外で暮らしてみたい”など目的は違えど、必ず全員に共通しておるのは「新しい出会い」じゃ。

オーストラリアのような多民族国家では、オーストラリア人だけではなく、アジア、中南米、アフリカ、ヨーロッパなど様々な国の人に出会えるのが特徴じゃ。そして国籍を超えた出会いや友情は、自分の考え方に大きな影響を与えてくれる事も珍しくないのじゃ。

今回の小百合さんのように「外国人との距離感が縮まった」という人もいれば、バリバリのキャリアレディだった女性が、「自由な発想や価値観の人に出会い、帰国後はアーティストになった」なんて話も聞いたりした。仕事に限らず、「世界中の友達ができたので、海外旅行が友達に会いに行く旅に変わった」という人もいっぱいおる。

人の可能性というのは、出会いの数だけ無限大に広がって行くのじゃな。“出会い”とは人生の最大のスパイス、あなたの人生にも新しいスパイスを入れると、ひと味変わった自分に出会えるかもしれないぞ。

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